EUの炭素価格上乗せ制度がスタート 世界の気候政策を変えられるか
欧州連合(EU)は1月1日、炭素国境調整措置(CBAM)外部リンクの運用を開始した。気候規制が緩い国からの輸入品に賦課金を課すこの制度は、各国の気候政策に変革を促す。スイスや日本は追随を検討するが、新興国からは反発が強い。
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カーボンプライシングは、製造時に排出されるCO2に価格をつけ、排出量に応じた負担を企業に求めることで脱酸素を促す政策手法だ。具体的には、炭素税や排出量取引制度(ETS)などがある。EUでは2005年にEU ETS(欧州連合域内排出量取引制度)が導入され、製品価格に企業の負担額が上乗せされている。CBAMは、カーボンプライシング未導入の国から安価に輸入される製品に対し、EU価格との差を埋める賦課金を課す制度だ。
CBAMの成功は、EU域外の国にカーボンプライシング導入を促せるかどうかにかかっている。EU非加盟のスイスにはCBAM導入の義務はなく、後述のようにこの制度に慎重な態度を取っている。途上国からは公平さを欠く制度だと批判の声が上がる。
EUのCBAMとは
EUが導入したCBAMは、第1段階として、一定量を超えて輸入されるセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素を対象としている。ロイター通信によると、EUは2028年1月1日から自動車部品や冷蔵庫、洗濯機にも対象を拡大する予定だ。
非EU加盟国から対象品目を輸入するEU業者は、体化排出量(製造時に直接・間接に生じたCO2の排出量)に応じたCBAM証書をEU加盟国の中央プラットフォームで購入しなければならない。
例えば、ドイツの自動車メーカーがトルコのようなカーボンプライシングを導入していないEU非加盟国から鉄鋼を輸入する場合には、鉄鋼の体化排出量を算出し、相当する量のCBAM証書を購入する必要がある。輸出国がすでにカーボンプライシングを導入していれば、課されるのはEUの炭素価格との差額だけだ。
この枠組みは、EUに従来からあるカーボンプライシング、つまりEU ETS外部リンクを土台にしている。域内の多排出業者は排出量が上限(キャップ)を超えると、余剰がある業者との売買(トレード)によって排出枠を買い取ることが義務付けられており(キャップ&トレード方式)、CBAM証書の価格はEU ETSの炭素価格と連動している。
EU ETSでは、「カーボンリーケージ(気候規制の緩い国に生産拠点を移すこと。炭素漏出)」のリスクがある多排出産業に無償排出枠が割り当てられている。CBAMの段階的導入と並行して無償排出枠は徐々に廃止されるが、これは業者が有償負担にスムーズに移行できるよう後押しするための措置だ。
日本は対象品目の対EU輸出が少ないためCBAMの影響は限定的と見られている。ねじとボルトについては一定量の輸出があることから、経済産業省が排出量算出の簡略化を目的に「ねじ・ボルト等におけるEU-CBAM用算定ガイドライン外部リンク」を提供している。
導入の理由
EUは2019年、2050年までに気候中立(CO2以外の温室効果ガスも含めて排出量が実質ゼロになる状態)を達成する政策提案「欧州グリーンディール外部リンク」を発表した。CBAMはその一環として導入された。
EUによれば、CBAMは排出量の削減を促すとともに、域内の炭素集約型産業(CO2を大量に排出する産業)を気候規制が緩い国の製造業者との不公平な競争から守るものだ。カーボンリーケージを防ぐ狙いもある。
さらに、より環境に配慮した取り組みを世界規模で推進するものだと主張している。賦課金の上乗せを避けるために輸出国が国内生産にEUと同等の炭素価格を課せば、その国の脱炭素が進むからだ。
CBAMで期待される効果
CBAMの支持者は、同制度は世界貿易の大きな変化を象徴しており、気候政策を貿易のルールに組み入れ、企業に脱炭素を促すと主張する。
マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院のキャサリン・ウォルフラム教授(応用経済学)は、20年にわたる気候政策研究で目にした中でCBAMは「最も希望が持てる」ものだと話す外部リンク。
CBAMは各国政府に影響を与えている。スイスを拠点とする国際排出量取引協会のアウロラ・ダプリーレ氏はAFP通信に対し、昨年1年間に「大きな変化」があったと述べた。中国などはカーボンプライシングの対象を拡大しており、トルコのように、長らく先延ばしにしてきたETSの導入に踏み切った国もある。
イギリスは2027年に独自のCBAMを導入する。オーストラリア、カナダ、台湾もカーボンプライシングの導入を検討中か、対象の拡大を進めている。
日本は2012年にCO2換算で1トンあたり298円を課す「地球温暖化対策のための税外部リンク」を導入している。2013年には温室効果ガスの排出削減・吸収量を国がクレジットとして認証し、売買する「J-クレジット外部リンク」の運用を開始した。
加えて、今年4月にGX-ETS(グリーントランスフォーメーション排出量取引制度)外部リンクが本格稼働する。GX-ETSは、EU ETS同様に多排出業者を対象としたキャップ&トレード方式で、当面は無償で排出枠が提供されるが、排出枠を超えれば不足分を購入しなければならない。
EUの試算によれば、CBAMは2030年までに域内の対象部門の排出量を1990年の水準に比べて13.8%削減外部リンクし、世界全体では約0.3%の減少をもたらすという。
スイスのカーボンプライシング
スイス製品は現在、CBAMの対象外となっている。スイスのETSは2020年からEU ETSに連動しているためスイスの企業は実質的に同等の炭素価格を負担しているとみなされており、EU諸国と同じ待遇を受け、排出枠は相互承認されている。ETS相互協定に基づき、スイス自身がCBAMを導入する義務もない。
スイス政府は2023年、コスト面や規制・通商上のリスクを理由にEU方式のCBAMを導入しない見解を示した。この制度によって「恩恵を受けるのは、国内にある少数の炭素集約型工業施設だけで、残る経済は不利益を被る」ためだ。
だが、為政者たちの議論は続いている。環境委員会は2025年10月、セメント関連製品の輸入にスイス版CBAMを導入する議員発議を承認し、2月20日まで意見聴取手続きにかけられた。連邦内閣(政府)も今年の半ばまでにEUのCBAMについて暫定評価を行い、より幅広いスイス独自のCBAMを導入するかどうかを再検討する方針だ。
上記とは別に、スイスには連邦CO2賦課金制度がある。化石燃料の使用削減を目的に、CO2 1トンあたり120フラン(約2万4000円)が灯油や天然ガスなどの化石燃料に課されており、実質的に国レベルの炭素税に相当する。税収のほとんどは市民や企業に還元されているが、一部は建物の効率化や再生可能エネルギーの資金になっている。
さらに、2050年までのネットゼロ(CO2の排出量と吸収・固定量の差し引きがゼロの状態)目標達成のために、輸入新車に賦課金を課す制度や、多排出事業者を対象としたETSも導入している。
新興国の反発
CBAMで賦課金を支払うのはEUの輸入業者だが、輸出国側の企業も排出量に関するデータを輸入側に提供しなければならず、事務負担が増える。またカーボンプライシングの導入が難しい途上国にとっては、EUへの輸出で不利になる。
カーボンプライシングが広がりを見せる一方で、中国商務省は、CBAMは「不公平」で「差別的」であり、信用を損なううえに途上国の気候対策コストを増大させると警告した。同省は対抗策を取ると明言している。昨年11月にブラジルで開催された国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)では、一部諸国の強い要請を受けて、この問題が初めて議題として取り上げられた。
インドやロシア、ブラジルもCBAMに強く反対しており、環境政策に偽装した一方的な貿易規制だと非難している。
国連貿易開発会議(UNCTAD)は、EUはCBAMが貿易に及ぼす影響を慎重に検討しなければならないと述べている。この制度でカーボンリーケージを回避できる可能性はあるものの、気候変動への効果は限定的であり、世界的なCO2排出量はわずか0.1%しか削減しないのに、途上国の貿易コストを押し上げる結果になるためだ。UNCTADが昨年7月に発表した分析外部リンクによると、例えば炭素価格を1トンあたり44ドル(約6700円)に設定したCBAMでは、先進国は25億ドルの増収となるが、途上国は59億ドル減収する。
「穏やかな」CBAM
理想の世界では全ての国がカーボンプライシングを導入しているはずだ――そう話すのは連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のフィリップ・タールマン教授(環境経済学)だ。だが現実の世界では、経済成長への懸念から多くの国がこのような制度に抵抗している。
同氏はスイスインフォの取材に対し、CBAMは「全ての生産活動に炭素価格を設定するように強制するよりは穏やかな対応だ。世界中で全ての鉄鋼生産がカーボンプライシングの対象になるべきだ」
編集:Gabe Bullard/vdv、英語からの翻訳:鵜田良江、校正:ムートゥ朋子
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